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れしをそう。

嘘。そう全部、嘘。Twitter:@nisemonoko

かんたんえにっきvol.5

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にがつとーか、金曜日

 

まったく同じニット帽を3つ買った。

今まで使ってたニット帽と同じのを3つ買って、全部で同じのが4つになった。

 

大好きな友達に、友達を増やしてあげた。

嬉しそうだった、青いニット帽すごい嬉しそうに

黄色と、赤と、グレーの友達と会釈してた。

それ見て、私も嬉しくなった。

 

伊達メガネもかけないのに、また買ってしまった。

いまでたぶんもう10個くらいある

数えたことないからわからないけど、帽子と伊達メガネは私んちにいっぱいいる。

 

いつも使うの決まって1つに絞ってしまうのに。

どんどん友達を増やしていってしまう。

 

帽子と伊達メガネには友達が沢山。

友達いっぱいで、羨ましい。

だからもっと友達増やしてあげたい。

 

やめられない友達コレクター。

 

 

真っ黒いコーヒーに溺れて。

コーヒーに溺れてしまいたくなる時があっても別にいい。

「そんな言い訳、もう聞きたくない!」

私は私に、怒鳴りつけた。

 

大好きなものには、知らず知らずに溺れてしまうもので、息ができなくなって初めて

 「あ、溺れてしまっていた」と気付く。

 

そこで私はいつも、

「わたしを溺れさせたんだから、最後まで責任取ってもらわなきゃ」と、溺れるまで愛したものに、異常なまでの執着をしてしまう。

 

しかしながら

これは、私の人生を左右してきたくらいの悪い癖だから、堂々と語るような内容では無い。

が、短所こそ晒し、憎むべき私の過去を成敗するべきだと思ったので今日は自分の首を締めようと思う。

 

キーワード依存性。

 

私は自分を極度の依存体質だと自負していて

人はもちろん、物や、音であっても、

「これがないと生きていけない」と、無意識に自分にそう思い込ませてしまう。

 

依存とは、“辛さ”から気をそらす為の逃避。

依存先で得た安堵感に喜びを感じ、

いずれそれは「もっと強いのが欲しい」「もっと、もっと」と、さらに依存を加速させていく。

つまり最終的には、悪循環に苦しんで泣いているだけ。

 

何度も、こんな自分じゃ嫌だ。って克服を試みたが、

結局、何かのせいにして自分を甘やかし、元の位置に戻ってきてしまう。

そして、何も進めてなかったんだ…と肩を落として

また泣くだけだった。

 

そういった過去のそれらは、現在の私に重くのしかかるが、

「依存症」という言葉で、後悔を誤魔化すようになってしまった。

 

戻れなくなって、抜け出せなくなって

私はどんどん自分を嫌いになっていくのに、ずっと勝とうとしなかった。

 

コーヒーだって、1日1杯飲まないと気が済まないし

タバコにだって、誰かにだって頼りすぎている。

情けないほどに、委ねすぎている。

 

でも、ここから少しでも変えていかないことには、

自分の甘さを懲らしめない事には、何も得てはいけないのだろう。そんなの嫌だ。

 

「全てが欲しい。なんて甘ったれんな!」

そう言って、半分以上残ったコーヒーを捨てた。

 

溺れて急に息ができなくなった。

嫌だ!もう、抜け出したい。と、私はコーヒーを全部捨てた。

 

私は今の自分が大嫌いだ。

自分の好きな所なんて見つけようとするだけ無駄だと諦めてしまうくらい自分が嫌い。自分を愛してあげれない自分が大嫌い。

 

 

だから、まずは「依存性」の自分に依存するのをやめよう。

まずは、自分を愛してあげる努力をしよう。

 

「自分が好きじゃない自分を誰かに進めるなんて、すごくおこがましいと思いませんか?」

 

そう、

自信を持って誰かに愛してもらえる自分にならないといけないんだと気付いた。

 

真っ黒いコーヒーが私を睨み、大好きが、大嫌いを知らせてくれた。

ありがとう、これまでの私。

信じよう、これからの私を。

 

 

一瞬間に奪われたはなし。

仕草や、言葉がいちいちあざとくて、声も可愛い。

男性と接する時、必要以上に距離が近くて、

女という武器を最大限に使いこなす女性。

見たこともない、名前も知らない女性。

 

先程、現れたその女は、当たり前のように私の好きな人に近付いては、刹那に彼の心を奪っていった。

 

別にコソコソする訳でもなく、堂々と奪っていった。

 いともたやすく、テンプレートのような華麗さで。

 

 

その日は雨だった。

私は、女の生放送を覗く。

すると、聞き慣れている男の声がした。

まさか!?とは思ったけれど、紛れもない。

私の好きな人は、そこにいる。

会話を弾ませ、とても楽しそうに、そこにいた。

 

場所は、たぶんカラオケだろう。

きっと2人の距離も近いのだろう。

 

映像に映らない、2人の状況を妄想し、どんどんと、広げていく。

私の才能、自分自身を痛めつける事にはストイックなところ。

 

女は、甘えた声を出して彼を呼んだ。

 

その瞬間、私のスイッチは入った。

 「こんにちわ」

とコメントを打ち、私が見ているよ。という事を2人にお知らせしてあげた。

 

「だれ?」女は彼に聞く。

彼は「あー。」とだけ言い、暫く黙った後、

「今日初めて遊んでるー」と、よくわからない言い訳をした。

「でも明日も2人でいるんだよねー?」

と、あざとく女が彼に問いかける。

「まあ、俺から誘ったけど、予定は未定だからね」

 

あぁ自分から誘ったんだ…

それからの2人の会話は一切、耳に入ってこなかった。遮断した。

 

男って生き物はなんでこうも単純で軽易で、とんちんかんなんだろうか。

私は怒りと諦めの狭間で、あまり美しくない涙を流してしまった。涙が勿体ない。

 

悔しかった。何も出来ない事が、ただ悔しかった。

こんなにも一瞬間で奪われてしまった事が、悔しくてやりきれなかった。

 

私は自分の太ももを1発殴った。

────

と、そこで目が覚めた。

 

しばらく天井を眺め、さっきのが夢だった。と気付いた瞬間、

私は「なんだ夢かぁー。」と、わざと声に出して言って、勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。

 

なぜなら

【好きな人が他人に奪われる夢】

 が、吉夢だという事を私は知っていたからだ。

 

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 今日はいい日だ。

かんたんえにっき。vol.4

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にがつようか。すいようび。

きょうは、まくどなるどの、チキンタルタを友達にしました。

 

もちろん、せっとにしました。

マックナゲットのソースもタルタルソースを選択しました。のみものは、コーヒーにしました。

 

味は、どちらもとてもおいしかったです。

一瞬で大好きな友達になりました。

でも、今回も期間限定の友達になりそうで、悲しいっておもいました。

だいすきなのに、別れないといけないと思うと

とても寂しいです。

 

寂しい友達です。

 

でも、チキンタルタのことは忘れません。

きかいがあれば、もっかい友達にしたいと思っているくらい

気が合いました。

 

みなさんも友達にしてみたらいいとおもいます。

 

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↑実物

箱かわいかった。

 

無駄の中にあるもの。

ずっと言えなかった言葉たちは一体どこに落とし込んできたのか。

と、いうのが最近の私の謎です。

 

想いや、感情は休むこと無く、いつも私の周りをグルグルと巡っていて、いつも忙しい。目まぐるしいほど。

 

街を歩いていても、ふと窓の外を眺めたとしても、隣の人が話す会話にさえも、すれ違う人や、流れてくる音楽にだって沢山の疑問や感情が溢れ出てきてしまうものだから

私のメモ機能はそれだけで沢山の容量をとっていく。

だって忘れたくないので。だって大切にしたいので。

 

しかしながら

そんなふとした瞬間に抱く感情からは、何かを得る時もあれば、何も得られない時だってあって、

結果じゃなくて、過程だよ。って自分に言い聞かせ、無駄な時間も必要だったと思い込んで過ごしている。

騙し騙しやっている。

 

よく「考えすぎ。」とか「無駄な事に悩みすぎ。」などと言われてしまう事があるが、

私は、たとえそれがどうしようもなく無駄であっても、

日々に疑問を抱いていたいし

私が生きている世界や、街や、環境から何かを見つけて、好きになろう。と、必死なのだと思う。

そうやって心や、脳みそを使ってこそ、更に日々は楽しくなっているんだと思ってる。

いや、そう、思い込んでいたい。

 

恋人には「ねぇねぇ、あれってなんであそこにあるんだと思う?」とか、どうでもいい質問をしたりしたいし

そのまま永遠と脱線して、遥か遠いところまで行ってしまって

「で、何の話だったけ?」とか言って笑いあいたい。

 

私のどうでもいい疑問や、感情を共有し、

一緒に笑って、解決してくれる人じゃないと

きっと私は面倒臭いだろうなぁ。と思ったりもするけれど、

直す気もなければ、「無駄だよ」って言ってくる人に合わせる気もない。

これは抑え込む必要が無いと思ってる。

 

でもたまにどうしても言えない言葉や、感情が現れる時もある。

 

「これ言ったらダメだよなぁ」「これは言わないでおこう」

こうして、私の身体のどこかに、その感情をしまい込んで無かったことにする。抱かなかった振りをする。

が、しかし、その時言えずにしまい込んだ言葉や感情は、

しばらく私の中でグルグルとしていて消えてはくれない。

 

なのに日々を喰っていく事で

いつの間にか、それは私の中から消滅している。かのように感じてる。そう、錯覚。

 

いつどこで消えてしまったんだろ。

いつどのタイミングで、どこにいってしまったんだろ。って不思議になる。

 

だって、言えなかった言葉たちを思い出そうと何時間か考え込んでいると

何かの拍子にパッと思い出せるものだから

私は知らず知らずに、どこかにしまい込んでいるんだろうな。って感じる訳であります。

 

だから、人間って不思議だなぁ。で、

この話は終わりに向かっていくのが理想なのだけれど

私は諦めの悪い人間なので、まだ言えなかった言葉たちを必死に思い出し、ノートに書き留めていくのだ。全部残らず絞り出すのだ。

 

だって全部、忘れたくない。

もう忘れてしまいたくない。

 

言えなかった言葉たちに、少しでも命を注いで

ここに生かしてあげていたい。って思う。

そんなことは、ほんとに無駄な事なのだろうけれど、

だって、そう、無駄な事が私は好きなのだもの。

どうぞ、笑ってくれ。

 

これから何十年間と、生きていく中で

私は、いつ子供の頃の無邪気さを綺麗さっぱりと、

失ってしまうのだろう。

あんなに憎かった大人に成り下がってしまうのだろう。

 

嫌だ。とても、嫌だ。

 

だから少しでもまだ足掻いていたいのだと思う。

まだ、無駄な事に笑ったり、無駄な事に時間を費やしたり

無駄に怒ったり、泣いたりしたいのだと思う。

 

そして「まだ子供だね」って言われていたいのだと思う。

 

かっこ悪いけど、まだそんな私でいたいのだと思う。

タイムリミットまで私を見て欲しくて。

私に与えられたタイムリミットは30分

日付が変わるまでの30分間を使って今日はダラダラと書いていこう。

 

23:26

本日、一ヶ月ぶりくらいにお酒を嗜んだ。

『お酒は別にこの世には必要ないかな』

が、25歳を過ぎた頃からの私の口癖だが、美味しかった。

 

私にとってお酒とは

独りで呑むものでは無くて、誰かと呑むもので

私にとってお酒とは

人見知りな自分を無視できる最大の武器のようなもので

私のとってお酒とは

積極的になりたい瞬間に欲してしまうもので

特に、それ以外のシーンでは、あっても無くてもいい。

 

ストレスが溜まった時や悲しくて泣きたい時や

すべてを忘れたい時とかには別にあっても無くてもいい。

求めなくても生きていける。

 

しかし、好きな人と呑むお酒は本当に美味しいと思う。

大切な人と呑むお酒は格別だと思う。特別だと思う。

なので正確には、

『お酒は大切な人と呑む以外にはいらないかな』

そう、ここで訂正しよう。

 

家族、親族、恋人、長年連れ添ってきた友人

つまり私が心を許したいと思った相手とじゃないとお酒は別にいらない。と、いう事。

 

23:45

『自己顕示欲』を満たしたいあまりに

『私のどこが好きなの?』と皆に聞いてしまった。

 

最近の私は、欲を抑えきれなくて

“私らしくない”私によく出くわす。

舌を噛みたくなるが、必死に我慢する。

 

皆は、私を満たしてくれようと優しさで言葉をくれた。

その内容なんてどうでもいい。

私を見てくれている。という実感が欲しいだけなんだと思う。

これは単なる我儘なんだろうけれど、

そういうのを隠すの、もう疲れたので

こんなにも強欲な私を曝け出す事だけでも、何かは満たされている。

私は笑顔だ。それでいいと言え。

 

こんな私の我儘に付き合わされている人達には本当に気の毒なのだけれど

きっと私は、呆れられる時が来るまで、コレを続けてしまうのだろう。

何故なら、今の私には

“嫌われたらどうしよう”なんていう感情は皆無だからだ。そう、無敵。

 

23:52

もう時間が無い。

 

今日という日を生きて、

私は、なかなか人間らしくなった。

人間らしい事を当たり前だと思える所まで戻ってきた。

 でも、相変わらず、身体は不調なんだけど

まだ死なないんだろうな。って笑えるくらいは大丈夫。

 

23:55

ここにきて、やっと人が恋しい。

やっと、人に目を向けられるまでには戻ったようで

ここにきて“恋しさ”が溢れ出してきたようだ。

 

23:58

『ねえ、まだ私の側にいてね。まだそこにいてお願い』

 

私のフワッとした夢を。

感受性が飢えてるなぁ。と感じる時がよくあって

我の感受性を、いやらしく刺激し、高める為に、文字を愛してる人のブログを読むのが最近のブームになってる。

 

他にも、素人でオリジナルの曲を作ってる人や

絵を描いてる人、何かを創って表現してる人を見るのが1番ゾクゾクする。

何かが掻き立てられて何かが湧き出てくる感覚が気持ちよすぎてたまらなくなる。

ウズウズする。

 

映画や、本も良いのだけれど

それは、お金を得ているものであって

すでに完成されすぎているものなので、少し物足りなさを感じてしまう。

 

未完成で、どこか欠けてるからこそ美しいものがある。

あと1つで完成されそうなものは、すごく刺激される。大好物だ。

 

 

たまに近所の無料で開催されている

素人の絵の展示会などにフラッと立ち寄る事があるけれど

どうしてこんなに美しいのか。といつも不安になる。

絵の事は全くと言っていいほど何も解らないが、

感性だけに頼って、何かを受け取ろうと意識を凝らす。

そこに並ぶものは、どれも未完成で、

でも、何かを訴えたくて必死で、美しく見せたくて必死で、

なのに形は歪だったり滑稽だったりしてて、

だけど、溢れんばかりの愛を感じる。

愛だけでそこに成り立ってる。とても綺麗、美しすぎる。

 

  

私には何も無い。

ましてや私は表現者でも無い。

 

だから何かを創って、何かを表現したりできることが羨ましい。

自分が産み出した何かで、他人の感受性を刺激できる人に、私もなってみたかった。

 

だからいつもそこには、メラメラと嫉妬心が渦巻いてて

誰かのもので、感性を高めながら、いつも心で悔しいと泣いている。

 

でもこの感覚が、私は1番好きだったりする。

 

悲しかったり、辛かったり、苦しかったり、悔しかったり

と、こういったネガティブな感情が溢れている時こそ何かを産み落とせそうで、ムラムラする。

何もない私でも何かができそうな気分になって、ゾクゾクする。

 

 

だからもっと刺激してほしい。

だからもっと刺激されたい。

 

行きたい所や、見たいもの、生で聴きたい音を

メモに我武者羅に書き連ねている時間が今1番楽しい事だったりする。

 

わたしね、夢があるんだ。

 

もっともっと感性を豊かにする。という夢があるんだ。

 

そして

自分にもできる何かを見つける。という夢がある。

年齢はもう見ない。過去も、後悔も、もう見ないって決めたんだ。