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れしをそう。

嘘。そう全部、嘘。Twitter:@nisemonoko

わたしってなんなの?何したら死ぬの?。

別に音楽が無くてもきっとうまくいくのだろう。

息ができなくなるわけじゃないし、お腹が空かないわけでもないし

なんせ、死ぬわけでもない。

 

彼がいなくてもきっとうまくいくのだろう。

息ができなくなるわけじゃないし、私が私を好きになれるわけでもないし

そう、死ぬわけでもない。

 

私の好きなものが全部この世から無くなっても

きっと私は息をし続けてしまうのだから、生きていけるのだろうから

与えられなくて、満たされなくて、求めすぎて苦しくて、失ってしまっても

別に泣く必要はないのだと思う。悲しいけど、それが現実なのだと思う。

 

しかし、私は音楽が無くなったら歩けなくなると思い込んでいて

彼がいなくなれば息ができなくなると思い込んでいて、

ご飯が食べれなくなって、私は私を嫌いになるんだって

信じる事を辞めないでいる。

 

でもそれは何故なのかといえば、

〝ちゃんと生きていけるように〟なのだから、それはそれは大変矛盾している。

 

好きなものが全て明日無くなっても、私は変わらず息をし続けてしまうくせに

〝生きるために〟〝これが無いと死んでしまう〟を持ち続ける。意味不明だ。

どうしようもないほど、支離滅裂すぎて、私は私が解らなくなってくる。

 

もしかして、音楽も彼も失ってしまったら

また新しい〝これが無いと死ぬ〟を見つけて、守っていくのかもしれない。いけるのかもしれない。

 

例えばそれが、決して与えられないものだったとしても

手にする事が不可能だとしても、私は私を生かしてあげるために

〝これが無いと死ぬ〟を持っていないと死んでしまうのかもしれない。

 

ん?

結局私は何かが無いと死んで

誰かのために生きないと、死んで

好きなものを失って泣くのは必要なのか?

 

と、すると

私は何かに生かされてる。と感じてないと死ぬ生き物なのかもしれない。

 

よくわからないので

試してみたい。全部手放してみたい。

そこに何があるのか見てみたい。

 

すべて失った時

〝死〟なのか〝生〟なのか

私はどちらを選ぶのかを知りたい。

 

ただこれは

もしも、私に勇気があればの話だけど。