れしをそう。

嘘。そう全部、嘘。Twitter:@nisemonoko

私が美容室を定めない理由。

一種のコレクターなのか?と、勘違いしてしまうほどに集めに集めまくったメンバーズカードの量に、きっと誰もが口を揃えて問うのだろう。

 

「どうして1つに定めないの?」と。

 

けれど私だって当初はこうなるつもりなど1ミリも無かったので、

いつもイマイチ腑に落ちる理由が浮かび上がってきてくれなくて、ただひたすら困る。

 

今となってはどんな理由を並べたとて、立派な“後付け”のようになってしまうし、

自分自身でも納得がいく“とっておきの理由 ”には未だ辿り着けてはいない。

 

だからこそ今日は、

“ 理由っぽい理由”をビシッとここに確定させてしまおうと思う。

 

かっこよく、そして、それっぽく。

 

いつか「美容師は専属の人じゃないと落ち着かないよね」と、7年間通い続けた美容室が私にもあった。

 

私の髪の毛の生え方、質、弱さ、癖、色、つむじの位置に、

スタイリングやカラーの好みまですべてを知り尽くしてくれていた専属美容師さんが確かに存在した。

 

「さあこさんの毛質はこれがダメだから、このスタイルはできないよ」

 

毎度そんな言葉を叩きつけられ、自由自在に自分のしたい髪型を選ぶことができなかった頃があった。

 

今では信じられないけれど、

思い返せばその頃の私は、それをすんなりと受け止めていて、尚且つ、飲み込めていて、

これが当たり前。これが美容室なんだ。と信じ込んめていた。

 

それにきっと、この記憶こそがメンバーズカードコレクターに繋がる“ 大きな理由”に1番近いのかもしれない。

 

「僕、独立するんだ」

初々しく、活き活きとした私の髪の毛を7年間切り続けた人。

私の中の“美容室とは”を騙し続けた人。

 

今でも忘れることは無い。

 

顔にはヒゲが少しだけ生えていて、毛先にパーマがかかった粋がった黒色の髪型。

典型的なTHE美容師なビジュアルに、身長は180センチと高く、真っ直ぐなフォルムの細見な男性だった。

 

低めな声で、いつも耳元に「前髪は?」と小声で囁きかけてくる真性のプレイボーイだった。

 

初めて私がその人と出会ったのは、確か中学1年生の頃だったと思う。

 

最初からその人は、私の「専属」になりたがった。

 

「今度は僕の好みに切るね」

 

帰り際はいつもこのセリフを呪文のように唱えては、初な私を洗脳し続けた。

 

その人は確立しきった男性だった。

私にとって、とてつもなく大人な男性だった。

 

馴れた手付きで私の髪の毛を触って、私と同時に私の髪の毛とも会話をするような人だった。

 

「この髪は誰にも触らせない」

 

今思えばあの人は、若い私の事を飼い慣らしたかったのかもしれない。

いわゆるロリコンだったのかもしれない。

 

「この人以外に髪は切られたくない」

と、私に思わせて狂わせたかったのかもしれない。

 

何度も何度も何度も私の髪の毛を切り、

何度も何度も何度も私を褒めてくれた。

それに、知らないことを沢山教わったりもした。

 

大人が子供を育てていくような、楽しくもないなんともない会話を繰り返して、

私に何度も「すごい」と言わせた人だった。

 

そして、通い続けてから5年が経った頃から、

私の髪の毛を切る時は必ず2人きりを指定してくるようになった。

 

「もう何年目だね」なんて詰まるはずない数字の話をしながら、

案の定私の前髪を切る時だけは、私に「大人」を見せ付けてきた。とても器用に。

 

もしかしたらその頃、

既に私はその人に切られたくて切られたくて仕方なくなっていたのかもしれない。

 

正直今となっては、

その頃の感情とか、どんな速さで脈を打っていたのかなんてこれっぽっちも思い出せないけれど。

 

ただ1つ確かなのは、

「この人以外に髪の毛を切られることはないのだろう」と、信じていたということだ。

 

少し言い方を変えると、

決め付けていた。

思い込んでいた。

惑わされていた。

 

そして通い初めてから7年が経った頃、既に私も大人になっていた。

 

好きな人とかお付き合いをした人が、既に何人もいたのかもしれない。思い出せないけれど。

 

「俺さ今度独立して、この店辞めるんだ」

 

この言葉を聞いた瞬間、店内の雑音が一瞬すべて消えた気がした。

 

そして何度か聞き返し、絞り出してやっと出た返事が

確か「おめでとう」だったと思う。

 

 

その人はいつも私に夢を語っていた。

 

「俺は自分の店を出すのが夢で・・・」

 

彼が何度も擦り切れるくらいに語っていた夢が こんなに近いとは思ってもみなかった。

 

当時の私は、夢というのは果てしなく遠く、叶うまでには沢山の時間が必要なものだとも思っていたし、

夢を本当に手にした人を見たのは、たぶんその時が初めてだったのかもしれない。

 

「だから、もちろん君は付いてきてくれるよね?」当たり前のように、意気揚々と彼は私に言った。

 

「わからない。遠いし」

「なら、今度はご飯行こう」

 

それを聞いた瞬間、

私は私の7年間を目の前でグチャッと壊されたような気分になった。

 

悪く言えば“幻滅”

良く言えば“蘇生”

 

私の髪の毛を切り続けてくれた人。

私を魔法にかけ続けてくれた人。

私を可愛くしてくれた人。

私の髪の毛を切らない時間が欲しかっただなんて知りたくなかった。

 

ずっと永遠に私の専属の美容師さんのままでいて欲しかった。

 

だから私は、連絡先は教えなかった。

 

だけどその人がいなくなってからも、その美容室には4回ほど愛想良く行き続けた。

 

そして、いつも店長さんに同じ小さい紙を渡された。

 

私はその紙を4回、計4枚

帰り道のゴミ箱に捨てた。

 

それからというもの、

その美容室には1度も足を運んでいない。

 

まぁもちろん、あれからあの人がどうなったのかも知らない。

 

全何章あるのかも不明な私の髪の毛ストーリー1章は、その時静かに幕を閉じたのだった。

 

 

辺りに散らばった髪の毛。

7年通い続けた美容室に行かなくなってから私は初めての美容室を転々と巡るようになった。

 

最初は、

「自分に合った美容師さんを、美容室を見つけよう」というのが目標だった。

 

2.3回別のところに行って、最終的に1つに絞り込もうと思っていたはずだったけども。

 

初めて私の髪の毛を触って、

違う分け目にされて、好みじゃない長さに切られて、私の髪の毛を染め上げたあとに

「色入りやすいんですね」と驚いた顔で言う。

 

そして次には

「色がこんなに入りやすいなら、もっと」と語りだす。

 

落ち着かない雰囲気の中で、宙に浮くような空虚な会話を繰り返して、

私の背後を写した鏡を、正面の大きな鏡に写しては、

心配そうな表情で「どうですか?」って聞いてくる。

 

どんなに気に食わなくても決まって私は

「完璧です」と答える。

 

「また来てくださいね」とエレベーターまでお見送りされて、終わる。全部その日に終わる。

 

この一連のフローがとても新鮮で、心地よくて、

7年の眠りから覚めていくようで、とてつもなく嬉しかった。

 

ドキドキして、わくわくした。

 

それから、ずっと新しい美容室を巡っては、

いつも違う人に髪の毛を切ってもらって、

いつも何も知らない人との時間を2時間弱過ごして、

“成功”でも“失敗”でも「新しい」を繰り返し続けている。

 

それが良くて、それが何よりも楽しい。

 

写真撮っていいですか?

毎回、私の髪の毛を染めた挙げ句

満足気に吐かれるセリフ。

 

「良い色に染めてあげた」と言わんばかりの表情の美容師さんのカメラに

私は快く応えてあげる。

 

確かに、同じ色を要望しても

手掛ける美容師さんによって完成の色が全然違うのは面白い。

 

カラーに力を入れてくれる人もいれば、

カットに力を入れてくれる人もいる。

本当に様々だから、一層面白い。

 

しかも最後には人としてではなく

私の髪の毛に対して「もう一度来てください」と頭を下げてくれる。

 

人としてを求めない私にとっては願ったり叶ったりな対応が初めての美容室にはあるから、

未だそこから抜け出せずにいる。

 

切ってもらってる間、どれだけ楽しい会話もどきを繰り広げても

最後には私の髪の毛だけを見てくれる。

 

その人の全力を、髪の毛だけに注いでくれる。

 

一切の情がない空間、とても心地よい。

 

そう、いつしか私は

「自分に合った美容室探し」を辞めていた。

 

求めているものを追いかけるような、

求めないものに触れないように、触れられないようにしているようなそんな感じ。

 

もう一生戻れないかもしれない。

 

 

これが趣味なのですか?

 

ある日、美容師さんに投げられた言葉。

 

美容室を一つに決めない理由は、趣味だから。

これが一番丸く収まる理由なのだろうけれど

きっとそうじゃない。

 

恐らく、ある日突然訪れる“終わり”をもう経験したくないからなのかもしれない。

 

もしくは、

もう美容師さんに惑わされたくないからなのかもしれない。

 

「もう何店舗目ですか?」

「軽く50店舗は行ってるかもしれません」

「まだ“理想”に出会えてないのですか?」

「いいえ。沢山の理想はありすぎるほどでした。でもまだ見つかるかもしれませんし」

「なにがですか?」

「急に閉店しても、急にいなくなっても、それでもいいやって思える店舗に」

「?」

「いや、なんもないです」

 

私はまだ、出会えないだろう。

 

私はまだ、新しい人にこの髪を預けて、

恋を初めて、その日に終わらせるような。

そんな旅をし続けるのだろう。

 

そしてこれからもこの美容室日記に“理由に近い理由 ”を書き続けていくとしよう。