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れしをそう。

嘘。そう全部、嘘。Twitter:@nisemonoko

お願いだから、ミラクルを信じさせていてよ。

この世にミラクルなんてものがあるのだろうか。

でも、ただそのミラクル【奇跡】を信じているだけで

同じ所に留まっているだけでは、何も得られないのは当たり前の話で、

真っ直ぐに純粋に【奇跡】を信じ、進んでいけさえすれば、

「あ、これは奇跡だー」と声に出してしまう程の

摩訶不思議な出来事に出会う事ができるのだろうか。

と、そんな事を漠然と思うのである。

 

この世に神様がいるのならば。

どうして神は、私に「不足」ばかりを叩きつけるのだろう。

この世に起こる事すべてに【意味】があるとすれば

この瞬間だって、大切に生きるべきなんだろうけれど

その【意味】を知れないまま終わる事もあるのだろうか。

いつか必ず、その【意味】を知れるのだろうか。

 

私はいつも信じているくせにどこかで疑いながら生きてきた。

 

口では「神様はいるよ」と言い、心では「神様なんて意地悪だ」と思っていたし

口では「奇跡は信じていれば必ず感じることができる」なんて言う癖に、

心では「奇跡なんて」と、何に対しても半信半疑で

全てを委ね、進むことができなかった。

 

「あなたを信じている」の裏には「信じられないから信じたい」だったし、

「あなたを好き」でさえも「あなたに好きでいてほしい」からだった。

 

いつも誰かの言葉を疑っていたし

私自身の存在さえ「生きてる意味がない」と否定してきた。

 

しかし、おかしなことに

「もしもミラクルがあるとすれば」なんて疑問を抱いてしまっている時点で、

今の私は、何かを信じているのだろう。

信じ始めたのだろう。と思う。

 

エネルギーが溢れているなぁ。と、思うし

なんか好きになれそう。だとも思う。

まだこの手に掴めてなくても

変えたい。と、奇跡を願い進んでいるのだろう。と。

 

こんなにもポンコツな私が毎日笑顔で「奇跡だわー」と声に出して言ってしまうほど、すべてを頑張ることができて、当たり前の生活ができる事。

それが幸せだ。奇跡だ。

 

そんな小さな奇跡を信じてなければ

明日を生きる意味にしなければ

そう、【奇跡】なんてものに手を掛けていないと落っこちそうで。

 

今の私には、沢山の何かを信じる事が課題で、

まさかの【奇跡】をおこして、みんなを驚かせる事が目標で、

「ミラクルはあるんだよ」と、経験談を話せるくらい

「神はね」と、信じていない人を信じさせられるくらいに

これまでできなかった【努力】をし、すべてを好きになる事なんだ。

そんな未来の自分を想像し、楽しく毎日を過ごす事を基盤にしないといけないんだ。

 

そう、私は私の未来に、期待しないといけない。

私自身を信頼しないといけない。

 

でもこんな事、みんなには簡単な事に思えるのだろうけれど、

私はまだそんな簡単な事を越えれていないんだ。ごめんね。

でも、見ててね

飽きれないで、残念がらないで、そこにいてね。

私の傍で、ミラクルを信じててね。

 

そして、私達が出会った【意味】を一緒に見つけて笑おう。

 

だから私の生きる【理由】に存在していてね。

 もう行くしかないんだよ、やるしかないんだ。

 

何かの能力が私をその気にさせるうちに。

4月後半

“後悔”を題材にした記事を何故か更新していた私は

もしかして何かを察知する事ができていたのかもしれない。

 

でもどうしてそれを“当たり前”に投げ捨ててしまったのだろうか。

きっとたぶんこれまでの人生にも幾度と沢山の“報せ”を察していたはずなのに

何も得ず、無駄にしてきたのだろうな。と思った。

 

5月17日

朝起きて、夢占いのサイトで今日見た夢を調べた。

[運気上昇]と書かれたその結果を信じる事にして1日をスタートさせた。

 

近頃、胸騒ぎがするというか、もどかしい。

ウズウズとしているというか、胸の奥で何かがフツフツとしている。

この理由を私はまた無駄にさせるわけににはいかない。と

おもむろに、求人サイトを開いた。

 

別に今の自分を否定したい訳じゃなかったけれど

「このままじゃいけない」気がした。

「自分を信じてみる」事が必要な気がした。

 

ある人を見て「羨ましいなぁ」と思ったりはしないけれど

ある人を見ては「強いなぁ」と思う事が増えた。

それがどんな小さな努力だろうが、

「前に進んでいる」が見えるようになった。

 

呆然と生きたりして、ただ漠然と死のうしていた私には

息を吐いて、靴を履いて、自分の進むべき道のゴミを掃いて進んでいく。

それが物凄く「美しく」「逞しく」見えた。

 

どうして生きているんだろう。では無い

生きている理由を知る為に生きるのだ。

きっとそれは最後にも、解らないのだろうけれど

「どれだけ知ることができたか」で、自分の人生に満足することができるのだろう。

「ああ、生きた。生きた。」と感じながら終わる事がどれほど幸せなのかと思った。

 

どうしてこんな単純な事を気づけなかったのだろう。

 

疑問だけを抱き、不満を垂れ、生まれてきた事を責め

立ち止まる事で、終わりを迎えようとしていた事の怖さが今なら解る。

近頃の胸の内から湧き出る、よくわからない謎のフツフツは

きっと、「もっと知りたい」からだろう。

立ち止まっていた時間に存在し続ける事の焦りだろう。

 

ちゃんと生きたいわけでは無い

ちゃんと死にたいだけだ。

 

親に微笑んでもらえる人生で、家族にも、友達にも私の持つ愛をすべて注ぎ込める人生で

私は私を褒めてあげられる人生にしたい。

 

ある人が言った

『一緒に』という言葉の心強さ。

ある人が指摘してくれた私の欠点

私の存在を認めてくれた。

 

一緒に乗り越えていく誰かが今日も明日も自分を愛してあげられますように。

 

気休めの夢占いの“運気上昇”の文字が私を包み込む間に

チャンスの神様の前髪を掴んで笑おう。

1日に一歩でいい。ちゃんと前に進んだ印を、刻んでいこう。

 

 

見えない物だって信じてるし、触れられない物だってココでは触れられるから

 

 

親が与えてくれる偉大なる愛を抱きながら。

何日も何日も、“何かについて”を書くのだけれど

すべて下書きに放り込んで、「言うまでもない」と諦めていた。

が、今日抱いた感情や、昨日抱いた感情を無駄にしたくない。と急激に感じたので

どんな乱文であっても、文字として形で示す事によって自分の心に刻みつけようと思った。

ただただ書き綴っていこうと決めた。

 

ある日、私の中の“当たり前”が一瞬にして無くなった。

 

母が入院した日の夜、怖くて怖くて震えが止まらなかった。

「嫌だ、嫌だ。怖い。」と、心の叫びを抑えるのに必死で、「明日」を迎えるのが恐怖だった。

 

そして、その時初めて私の中の「親の存在」がどれほど大きかったのかを気付く。

 

産まれた時から私はいつも何故か“孤独”と共に生きて、自分の弱さに勝とうとはしなかった。

“他人と比べられる”事に異常に反応し、“他人と自分との違い”を、指折り数えては溢れ出る劣等感に負けていた。

いつの日かそれを“仕方ない”で済ませるようになってて、“弱い”を見逃すようになっていた。

母が、父が、身近な人が愛情で投げてくれる言霊さえも、すべてこの手で潰して無駄にしてきたのだろう。

私は本当の愛を見る事ができていなかった。

 

自分自身にも、恵まれたこの環境にも甘ったれていて、

近くの“当たり前”に寄りかかり、いつか来るだろう“変わるきっかけ”を待っているだけの、

情けない受け身の人生だった。

 

そんな自分自身を最初は酷く責めた

「どうしてもっと早く気付かなかったんだ」と。

 

でも毎日、母に会いに行く度

母は笑っていて、母はいつも私に「ありがとね」と言ってくれる。抱きしめてくれる。

生きている母を見ると、心はいつも温かくなった。

“当たり前”の有り難さを毎日のように感じさせてくれるから。

 

眠る前、毎晩のように沢山の“考え”と“心”をリンクさせ、“私のやるべき事を”呼び起こす作業に集中する事にした。

 

そして気付いた

母の愛は、父の愛はいつも、いつまでも偉大なのだ。と

 

幼い私が抱いていた“孤独”と、27年間過ごしてきたとしても、

不思議にもそんな事どうでもよくなった。

むしろ「気付かなくてごめんなさい」と懺悔した。

 

何故なら、この不安は「私が親と過ごした思い出や、親から頂いた愛情」の現れなのだと理解したからだった。

 

少し愛情表現が不器用な親なのだろうけれど、

紛れも無く、これまでちゃんと傍にいてくれて、ちゃんと私を見守ってくれていた。と気付く。

いや、気付かしてくれたんだ。と。

 

それもこれも、母のお陰だ。

そして「恐怖」が「感謝」に変わった。

 

私が今できる精一杯の事は

「毎日、母の温度を確かめる事」と、「母を励ます事」と「頑張ってる家族を支える事」

そして

「幸せな姿を見せる事」だった。

そう、私は初めて、ホントに初めて

自分の“弱さ”に勝つための旅に出たのだ。

 

母は私を見て「頑張ったね」といつも褒めてくれる。

母は私に腕の血管の音を聞かせてくれて「生きてる」を知らせてくれる。

母は私に「希望」と「猶予」を与えてくれた。

 

親孝行とは何か。を行動にする為の期間と

母の笑顔から「生きる事」を教えてくれる。

 

父は精一杯、頑張ってくれる。

弟も精一杯、何かを教えてくれる。

私は想う、「この家族で良かった」と毎日のように。

 

少し遅いけれど、大切な何かを毎日毎日拾い集めて

必ず乗り越えてみせる。

今日の想いも、昨日の想いも絶対に忘れたくない。

 

“当たり前”への感謝や、“生かされている”事を。

“大切な思い出”を絶対に。

 

母よ父よ

必ず貰った愛情は愛情で返します。

だから笑っていてね、ずっと傍で。私の瞳の中で生きていてね。

 

こんなにも大切な想いを思い出させてくれて、ありがとう。

これを絶対に無駄にはしないし、絶対に忘れないで越えていく。見てて。

 

私が私と歩き出した日

零れ落ちた水滴を拾いあげ、私は本当の「生きる」を誓った。

そして、「愛してる」と何度も口に出して歩いていこうと決めたのだった。

また来る季節に、誓いのキスを。

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 私はいつの時だって

「もっと触れたらよかった」と、後悔とキスをしていた。

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 人々は桜のピンク色がすごく美しかった事など、すっかりと忘れてしまっていた。

地面に枯れ落ちた桜の花びらをゴールデンウイークの予定をたてながら踏みつけて、とても楽しそうに笑ってた。

 

踏まれ、汚れてしまった桜の花びらに人々は決して目を向ける事など無かった。

戻らない季節を振り返る事など無かった。

人々は前だけを見て歩いていた。流石だった、とても立派だった。

 

 あれほど「綺麗だねー」と言いながら眺めていた色を、「汚いねー」と、誰かと話したりなどはしない。

 

春はまたやって来ると信じ込んでいて、桜はまた咲くと思い込んでいる。

人々は季節がまた巡ってくる事を、信じすぎている。

 

「お花を眺めながら食事する会」を、あれ程していた癖に、花が散ってしまった瞬間にその花の色を忘れてしまう。

もうあの花になど、興味も無くなってしまう。

人々は、どうしてこんなにも無情なんだ。と、私は思った。

 

そもそも最初から興味なんて無かったのじゃないか、そもそも美しいものだけにしか興味が無いのじゃないか、

そもそも花がいつか枯れてしまうことを知らないのじゃないのか、生きたモノだけが美しい。と、桜は咲いているから桜なんだ。と、

桜の花が咲いていない桜の木を、人々は知らないのだろう。と、私は思った。

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 と、そんな事を考えながら私は街を歩いていた。

 

そして、人々に踏みつけられた桜の花びらをこの世界で私だけはしっかりと見つめてあげた。

「私だけは君たちが美しく咲いていた事を思い出して泣いてあげるからね」と必死に、彼らに何かを伝えようとしていた。何かを与えてもらおうとしていた。

 

「私は君たちが美しいピンク色だった時の事を覚えているし、忘れない。今だって君たちはとても綺麗だし、たとえそれが踏み潰されてしまってグチャグチャな君たちであっても、私は好きだよ」と、すかさずカメラを向けてみたけれど、

なんだか彼らのこんな姿をカメラロールに収めておくのは少し違う気がした。よくわからないけれど、彼らに失礼な気がした。そしてソッとカメラをしまった。

 

その時、私は

絶対にこの記事を書こうと決めたのだった。

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 “失ってから気付くモノ”という言葉を何度も聞いた事があるが、人々はそれを知りながらも、色んなモノを手放してしていく。

それは、“次、また何かを得られる”と信じているからで、また舞い込んでくる何かを信じているからだと思う。

失って気付くモノばかりを、ただ後悔と共に抱いていても、決して前に進め無いことを人々は知っているからだ。

 

そう

人々は皆、強い。

 

散った桜の花びらに目を向けない人々はとても、強い。

当たり前を真っ直ぐに信じれる人々は、とても強い。

 

それに比べて私は、とても弱かった。

 「もっと触れていればよかった」と、「もっと綺麗な姿を見てあげたかった」と、

「美しすぎた、あのピンク色」を思い出し、また後悔とキスをしていた。

もう1度、あの春をしたい。と願っていた。

また私は、季節が巡る事を信じず、恐れていた。

 

春が来れば、夏が来る。

なんて、そんな事など無い。

何故なら、明日世界が滅びるかもしれないし、明日突然変異が起きて四季など無くなってしまうのかもしれない。

もしかすると、もう二度と桜を見る事なんてできないのかもしれない。

 

当たり前のように、確かなのは

もう二度と、あの春は来ないという事で、もう二度と27歳の私が桜を眺める事など無いという事だ。

もう二度と、2017年の桜がどんな色だったのかを

確かめる事などできないという事だ。

 

それがとても悲しくて寂しくて、涙を流してしまう私は、まだ前に進もうとはしていなかった。

ひたすら過去にキスをして、無意味な後悔を抱き締めてる。とても馬鹿みたいだ。

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 私のカメラロールには沢山の写真が残されていて、

時々、過去に遡っては「戻りたい」と涙を流す夜がある。

 

私は誰よりも過去が好きで、明日よりも昨日が好きだ。

それは、昨日もらった愛を見ている方がよっぽど楽で、どんなモノよりも、確かなモノだから。

 

愛されていた。みんながいた。生きてた。

それらが確実にここにある。と確信できるのは、過去だけが持っている真実だからだ。決して私を裏切らない。

 

それに比べて、明日は怖いものばかりで

明日、愛されなくなるかもしれない

明日、みんなが私から消えてしまうのかもしれない

明日、ひとりぼっちになってしまうのかもしれない

明日、私は死んでしまうのかもしれない

明日なんて、もう来ないのかもしれない

 

だっていくら信じたとしても、明日は、私を裏切るかもしれない。

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 桜は散らないでいい、水着を着てずっと楽しそうに、はしゃいでいればいい、葉っぱもずっとオレンジでいいし、毎日サンタさんは来たらいい。

 

ずっとそこにあってほしい。全部去らないでほしい。過ぎていかないでほしい。

何も手放したくないし、何かを別に得たくもない。

ずっと過去にいたい。ずっとこのまんまがいい。

 

しかし、それは間違っている。すべて不正解だ。

それをずっと解りながらも、私はあえて間違いを抱いているんだろう。

 

そう、誰よりも私は明日を生きないといけないし、強くならないといけない。

誰よりも信じないといけないし、振り返らずにひたすら前に進んでいかないといけない。

たぶんこの世の誰よりも私は、必死に明日に願っていなくちゃいけない。

このまんまじゃいけない。と、過去を捨てていかないといけない。

 

たぶん残されたカメラロールの写真など、すべて消去するべきで、

また次の春に咲く桜に「君は去年より綺麗だね。私だって去年より綺麗になれたでしょう。だっていっぱい変わることができたもの」と胸を張って眺めていなくちゃならない。

 

踏み潰された桜に涙を零している場合じゃない事を

誰よりも私が知っていた。

 

「もっと触れていたかった」モノに、また触れる事ができるように生きていくべきだ。

その為に、次に咲く桜には絶対に過去は映さない。と、決めよう。

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踏み潰され汚れてしまった、昨日の桜の花びらが教えてくれた。そう、期待だ。

また来る季節に誓いのキスをさせてくれた。

 

それから何度も今年の春にありがとうと、お礼した。

そして来年また会おう。と、手を振って、しばしのお別れをした。

 

 

優れた旋律。

あの頃、私達の傍で流れていた、愛しかったはずの旋律は

今となっては、安易に耳に流し込む事ができた。

胸を焦がす事も、痛むことも、潤む事すら無かった。

 

もしもあの日、私の親指が希望を待っていなければ、

もしもあの時、私が人として生きることを忘れていなければ、

新たに塗り替えられる事など無かった。

その美しすぎる旋律に、泣くことなんて無かったのだろう。

 

記憶は常に更新され続けていた。

生きてないようで、生きていたし

覚えてるようで、忘れていた。

そこに留まっていたようで、確かに動いてたのだ。

 

何故、あんなに美しく見えたのだろう

何故、あんなに美しく聴こえたのだろう。

その新しい旋律が一瞬にして私の血液を巡り、毒していくのに

どうして私は疑問を覚えなかったのだろう。

抵抗しなかったのだろう。

どうして委ねてしまったのだろう、心地よさに締め付けられてしまったのだろう。

 

あの日の記憶と共に流れてくる不調和音に声を乗せた時の事

あの日を取り戻すために、悲しい旋律を並べ替えた時の事。いつも私が“嘘”を隠し持っていた事。

そのすべてを華麗なものに差し替えてくれた。深く愛することが出来た。

 

記憶はあの日から確実に更新され続けてる。

 

愛しすぎて思わず触れてしまったモノは

確実に震えてたし、その場で激しく揺れて音になってた。

その瞬間の答えを私は、まだ持っていなかった。

 

 

この耳に流し込む、艶やかな音

この音の旋律は、きっと今の私にしか覚えられなかったはずだ。

これを記憶に刻む事を許してくれたのは、過去ではなく未来への期待だから。

 

あの日出会った優美なその旋律は、誰よりも優しく私に触れてくれた。

だから、もういいんだ
ここに全部、置いていく
邪魔なものはすべて、ここに忘れていく事にする。

 

それは、今よりも私達が優れていくためにね

 

選択した国。

綺麗に言葉を並べる人だと思った。

哀しみを、原色に塗り替える人だと思った。

 

私は、いくつも諦めたのに

その人はすべてを吸収し、身に付けていける人だと思った。

 

苦しいを塗り替えてくれた

寂しいを惑わしてくれた

楽しいを見せてくれた

嬉しいを信じさせてくれた

 

『何も無い』

知っていた。覚えていた。

戸惑っていた、堪えていた。

忘れていたし、塞いでた。

 

まだまだ、こなしていかなきゃならないのに

私は、見てあげるのが怖くなった。

堕ちていく自分を、教えたくなかった。

 

『待っている』

安易だった、とてつもなく透明だった。

美化した。ピカピカに磨いた。

 

覚えていた、いつも

私が泣いたら抱きしめてくれた大きな掌を

信じたくなった

私が泣いても、抱きしめてくれない現実を

拭えなかった。

歩けなかった、笑っていたくなかった。

 

 

綺麗だった

いつも、いつの時だって。

 

忘れなかった。

忘れたくなかった。

私を満たせるのは、君だけだと勘違いしていたかった。

 

まだ覚えていたかった。

まだ失いたくなった。

まだ熱を閉じ込めておきたかった。

 

 

綺麗に言葉を並べられない人だと思った。

頼りすぎていて、許せない人だと思った。

愛がそこに無いのに、偽物で抑えつける人だと思った。

信じたくなかった。確かめたかった。

許したかった。

 

一緒に歩くために必要だと思った。

悲しくても、辛くても、私は嫌いにはなりたくなった。

嫌いに、慣れなかった。

 

 

悪。

どうしてもこのまま生きるのは、難しい。

だって、これまでおかしてきた罪を愛しすぎてしまっていて

そんな私が選ぶ道は、決まっていつも真っ暗闇なんだもの。

 

いつも苦しいのは自分の選択のせいなのに

悲しいのも、痛いのも、辛いのも

全部私の自由の中で、色付けてきたもののせいなのに

どんなに泣いたって、暴れたって、壊れたって

誰も救ってくれないのが、当たり前なのに

求めてしまうんだよ、いつも。おかしいな。

 

『愛してくれ』と、『救ってくれ』と、

いつも他力本願で、泣いてる自分が大好きで、

背負ってる罪を糧にして、いつも私はニヤリと微笑み

他人に傷口を見せつけ『私は可哀想』をアピールし続ける。

 

そして、もうここまできたら救いようがない。と、誰かに目をそらされたら、

私はフツフツと溢れ出でくるエネルギーを逃さないように、ギュッと抱きしめてるんだ。

 

私がどんなに悪い人間だとしても

みんなは騙されたまま、愛してくれるし

その蜜は、とても甘くて、美味しくて、逃せなくて

信じられない程、私の中の“悪”が育つ。

 

いつか、私が吐いたはずの言葉を足で踏みつけながら、私が手にしてるこの現実を正当化する。

 

『好きだ』

と言ってくれる人を愛で返す事が億劫だと感じてしまった日、私は人間を諦めてしまったのだ。

 

いつも私が笑っていた、その傍では、誰かが泣いていて

いつも私が泣いてた、その傍では、誰かが笑っていた。

 

それを忘れたくなかった。全部覚えておきたかった。

 

私がおかした罪のすべてを抱きしめながら

もっと痛めつけたかった。

悪が存在する今に、“幸せ”などきっと無い。

とんでもない量の“死にたい”を吐きながら、やってやるんだ。

完成させるために生きてやる。

 

私はフツフツと湧き出てくるエネルギーを抑えつける事など、できなかったみたいだ。

 

仕方ないから、まんまと流されてやる

そう、私はその日、“悪人”として生きる事を選んだんだ。