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れしをそう。

嘘。そう全部、嘘。Twitter:@nisemonoko

わたしのさいのう。

空っぽな私のくせに

「才能」とは何なのかを考える夜があって

 

空っぽな自分の首を締めて、息ができなくて、苦しくて、独りで気持ちよくなってる夜とかもあって

 

でも他人はそんな私を知らないくせに、私に触れたりして、

全部知ってるよ。とか愚劣極まりない言葉を吐いてきたりとかして、いつも、それがおかしくてわらっちゃう。

 

そんな風にマヤカシながら生きてくのが当たり前の

こんな世の中の愚かさは、とても可愛いし、

馬鹿馬鹿しくて、とても綺麗だと思う。

 

 

言葉が無いからこそ、美しいものは沢山あって

言葉にしすぎる事が、伝わっていくとも限らないし、

見えなくて、見せないからこそ、魅力的で輝いててドキドキしたりするものだったりする。

 

 

そんな空っぽな私はいつもこんな事を思うんだ。

 

 

どうして、あの子にはあれだけの才能があるのに

あの子の方が面白いのに、楽しいのに、美しいのに、溢れてるのに、いっぱいいっぱいもってるのに、

 

なんでこの人は

私を抱きしめたり、キスをしてくれたり、笑ってくれたり、好きだって言ってくれるんだろう。って

おかしいな。って

こんな空っぽな私を瞳の中に映してくれて

ほんの一瞬だけでも、私に自信とか与えてくれるんだろう。って

 

そんな感じで、

空っぽも空っぽなりに苦しかったりする。

 

 

自分の愚かさを擦り付けられてるようで

今にも口から出そうになった言葉たちを

私は黙って、ヤスリで削りだししてしまう。

あえて、尖らせてみたりする。

 

 

「空っぽだから良い。何も無くて、つまらないから、もっと知りたくなる。」

 

「君が空っぽでも僕にとっては、みんなとは違う。僕が君を特別だと思ってるから、それでいいじゃないか」

 

空っぽな私に吐いてくれた言葉。

空っぽだから美しいと言ってくれた人。

私の空っぽに気付いてくれた人。

 

 

私はいつも愛した人には

注ぎ込まれていたい。と思う。

 

空っぽだからこそ、

私の中にその人のすべてを、その人が零してくれるすべてを

1滴残らず、私は汲み取る事ができる。

私の中に、入れ込むことができる。それはとても、しあわせ。

 

そんな時に、私は、はじめて

空っぽで良かった。って思えるんだ。

 

私が空っぽだから、

自分仕様にしようと、相手は私に注ぎ続けてくれる

それが一番嬉しくて、認められたような気がする。

 

 

これまで

空っぽな私に気付いてはくれない人の方が多かった。

見ようともしてくれなかった。

 

「君って人を好きになれないよね。」

と、人は私に言ったけれど

 

それは違うんだ。

 

私が空っぽだと、気付いてくれる人がいなかっただけ

「君には自分がありすぎる。」

と、私を取り違えて、愛してくれた人ばかりだった。

私がその言葉に泣いた事も知らない。

そんな人ばかりだった。

 

 

だから私は

私の空っぽを貶して、蔑んでくれる人に執着してしまう。

そして、その人から離れられなくなってしまう。

 

 

そこで、私は

色んな事に気が付くんだ。

 

 

 

私の「才能」は、空っぽなところだ。と

何も無いところだ。と

もっと空っぽになろう。と私はしていくんだ。と