れしをそう。

嘘。そう全部、嘘。Twitter:@nisemonoko

無駄の中にあるもの。

ずっと言えなかった言葉たちは一体どこに落とし込んできたのか。

と、いうのが最近の私の謎です。

 

想いや、感情は休むこと無く、いつも私の周りをグルグルと巡っていて、いつも忙しい。目まぐるしいほど。

 

街を歩いていても、ふと窓の外を眺めたとしても、隣の人が話す会話にさえも、すれ違う人や、流れてくる音楽にだって沢山の疑問や感情が溢れ出てきてしまうものだから

私のメモ機能はそれだけで沢山の容量をとっていく。

だって忘れたくないので。だって大切にしたいので。

 

しかしながら

そんなふとした瞬間に抱く感情からは、何かを得る時もあれば、何も得られない時だってあって、

結果じゃなくて、過程だよ。って自分に言い聞かせ、無駄な時間も必要だったと思い込んで過ごしている。

騙し騙しやっている。

 

よく「考えすぎ。」とか「無駄な事に悩みすぎ。」などと言われてしまう事があるが、

私は、たとえそれがどうしようもなく無駄であっても、

日々に疑問を抱いていたいし

私が生きている世界や、街や、環境から何かを見つけて、好きになろう。と、必死なのだと思う。

そうやって心や、脳みそを使ってこそ、更に日々は楽しくなっているんだと思ってる。

いや、そう、思い込んでいたい。

 

恋人には「ねぇねぇ、あれってなんであそこにあるんだと思う?」とか、どうでもいい質問をしたりしたいし

そのまま永遠と脱線して、遥か遠いところまで行ってしまって

「で、何の話だったけ?」とか言って笑いあいたい。

 

私のどうでもいい疑問や、感情を共有し、

一緒に笑って、解決してくれる人じゃないと

きっと私は面倒臭いだろうなぁ。と思ったりもするけれど、

直す気もなければ、「無駄だよ」って言ってくる人に合わせる気もない。

これは抑え込む必要が無いと思ってる。

 

でもたまにどうしても言えない言葉や、感情が現れる時もある。

 

「これ言ったらダメだよなぁ」「これは言わないでおこう」

こうして、私の身体のどこかに、その感情をしまい込んで無かったことにする。抱かなかった振りをする。

が、しかし、その時言えずにしまい込んだ言葉や感情は、

しばらく私の中でグルグルとしていて消えてはくれない。

 

なのに日々を喰っていく事で

いつの間にか、それは私の中から消滅している。かのように感じてる。そう、錯覚。

 

いつどこで消えてしまったんだろ。

いつどのタイミングで、どこにいってしまったんだろ。って不思議になる。

 

だって、言えなかった言葉たちを思い出そうと何時間か考え込んでいると

何かの拍子にパッと思い出せるものだから

私は知らず知らずに、どこかにしまい込んでいるんだろうな。って感じる訳であります。

 

だから、人間って不思議だなぁ。で、

この話は終わりに向かっていくのが理想なのだけれど

私は諦めの悪い人間なので、まだ言えなかった言葉たちを必死に思い出し、ノートに書き留めていくのだ。全部残らず絞り出すのだ。

 

だって全部、忘れたくない。

もう忘れてしまいたくない。

 

言えなかった言葉たちに、少しでも命を注いで

ここに生かしてあげていたい。って思う。

そんなことは、ほんとに無駄な事なのだろうけれど、

だって、そう、無駄な事が私は好きなのだもの。

どうぞ、笑ってくれ。

 

これから何十年間と、生きていく中で

私は、いつ子供の頃の無邪気さを綺麗さっぱりと、

失ってしまうのだろう。

あんなに憎かった大人に成り下がってしまうのだろう。

 

嫌だ。とても、嫌だ。

 

だから少しでもまだ足掻いていたいのだと思う。

まだ、無駄な事に笑ったり、無駄な事に時間を費やしたり

無駄に怒ったり、泣いたりしたいのだと思う。

 

そして「まだ子供だね」って言われていたいのだと思う。

 

かっこ悪いけど、まだそんな私でいたいのだと思う。